建武の新政【高校:日本史】 1333年 - 1336年

絵の並びは下に行くほど歴史的に新しい出来事です。

後醍醐天皇(ごだいごてんのう)
後醍醐天皇(ごだいごてんのう)

1288年 - 1339年

第96代天皇、および南朝の初代天皇(在位1318年 - 1339年)

鎌倉幕府滅亡後の1333年に建武の新政を始める。

建武の新政(けんむのしんせい)
建武の新政(けんむのしんせい)

1333年 - 1336年

鎌倉幕府滅亡後の1333年に後醍醐天皇天皇親政(天皇自ら行う政治)を開始したことにより成立した政権およびその新政策のこと。

各国に国司と守護を設置して統治するなどの政策を実施した。

やがて足利尊氏と対立し、尊氏が京都を制圧すると大和の吉野に逃れて抵抗をつづけた。その皇統が南朝となる。

雑訴決断所(ざっそけつだんじょ)
雑訴決断所(ざっそけつだんじょ)

建武の新政期に朝廷に設置された訴訟機関。建武政権の崩壊に伴い、短期間で消滅した。

記録書(きろくしょ)
記録書(きろくしょ)

建武の新政の時代に天皇親政を担った、公家政治復活の中枢機関。

起源は後三条天皇の記録荘園券契所。

大内裏造営計画(だいだいりぞうえいけいかく)
大内裏造営計画(だいだいりぞうえいけいかく)

後醍醐天皇は天皇親政の象徴として大内裏の再建を計画するが、親政自体が短期間で破綻したため造営も行われなかった。

二条河原の落書(にじょうがわらのらくしょ)
二条河原の落書(にじょうがわらのらくしょ)

京都の二条河原に立てられた落書。

建武の新政当時の社会を批判・風刺した。

「このごろ都に流行る物 夜討 強盗 にせ綸旨 ……」みたいなことが書かれてる。

綸旨(りんじ)
綸旨(りんじ)

天皇の仰せを受けて出される文書。

中先代の乱(なかせんだいのらん)
中先代の乱(なかせんだいのらん)

1335年

北条高時の子が鎌倉幕府再興を企てて起こした反乱。

足利尊氏に鎮圧された。

足利尊氏は鎌倉で北条高時の子を破った後、そのまま鎌倉に本拠を置き、京都からの命令を無視し始めた。

つまり、この乱をきっかけに尊氏は新政権から離反したのである。

楠木正成(くすのきまさしげ)
楠木正成(くすのきまさしげ)

1294年? - 1336年

武将。

湊川の戦いで、後醍醐天皇方として新田義貞とともに足利尊氏・直義らの軍と戦い、敗死した。

新田義貞(にったよしさだ)
新田義貞(にったよしさだ)

1301年? - 1338年

武将。

湊川の戦いで、後醍醐天皇方として楠木正成とともに足利尊氏・直義らの軍と戦い、敗れた。

のち、戦死。

吉野(よしの)
吉野(よしの)

大和国南部(現在の奈良県南部)一帯を指す地名。

尊氏と対立した後醍醐天皇は吉野に逃れて抵抗を続けた。その皇統が南朝となる。